Share

7-28 琢磨のお願い 2

last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-15 11:26:58

「九条さん……」

ポツリと呟くと朱莉の気配に気がついたのか、電話をしていた琢磨が朱莉を見た。すると琢磨は電話の相手に怒鳴りつけた。

「朱莉さんが目を覚ました。電話切るからな!」

琢磨はスマホの電話を切ると朱莉に声をかけた。

「朱莉さん! もう大丈夫なのかい?」

「はい。お陰様で頭痛も治まりましたし、熱っぽさも大分改善されました」

それを聞いた琢磨はソファから立ち上がり、朱莉に歩み寄ると自然な動きで朱莉の額に手をあてた。

「うん。もうさっきみたいな熱っぽさは確かに無いな。良かった……心配したよ。いつから具合が悪かったんだい? もっと早く教えてくれれば倒れる前にホテルに帰ったのに。でも、気付かなくてごめん」

琢磨の謝罪に朱莉は首を振った。

「違います! 私がもっと早くに九条さんにお話ししていれば良かったんです。悪いのは私ですから」

「だけど俺に迷惑がかかると思って言えなかったんじゃないのかい?」

琢磨は少し寂しげに言う。

「!」

確かに琢磨の言う事は一理あった。だが朱莉自身倒れる程に具合が悪化するとは思ってもいなかったのだ。

「翔には俺からきつく電話で言っておいたよ」

「え?」

「あいつの……翔のせいだろう? あいつの心無い言葉で莉さんをまた傷つけて、そのショックで具合が悪くなったんだろう?」

「そ、それは……」

「明日、東京へ帰るのを1日伸ばそうかと思っているんだ。朱莉さんが心配だから」

琢磨の言葉に朱莉は驚いてすぐに返答した。

「それは駄目です!」

いつにない、朱莉の強い口調に驚く琢磨。

「え……? 朱莉さん?」

「お願いです、もう私のことでこれ以上九条さんを振り回したくは無いんです。だから明日は予定通りに東京へ戻って下さい。もう熱はこの通り下がったので大丈夫です。引っ越し作業もちゃんとしますので九条さんが心配される必要はありませんから」

「だけど……」

尚も言い淀む琢磨に朱莉は続ける。

「九条さんが秘書を務める相手は私ではありません。翔せんぱいなんです。私ではなく、翔先輩を優先して下さい。そうじゃないと九条さんに申し訳なくて……私は九条さんと距離を置かなければならなくなります」

「朱莉さん……それは……」

(それは俺が朱莉さんを心配するのを迷惑だと思っているからなのか?)

琢磨が悲し気に俯いたのを見て朱莉は慌てた。何故九条がそんな顔をするのか理解できなかったのだ
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terkait

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-29 東京へ向けて 1

     翌朝、朱莉は隣の部屋の物音で目が覚めた。「……?」時計を見るとまだ時刻は6時前である。「九条さん……?」(ひょとして、もう出掛けるのかな?)朱莉も急いで着替えると、九条の部屋をノックしながら声をかけた。「おはようございます、九条さん」すると隣から琢磨の返事が聞こえた。「え? 朱莉さん……?もう起きたのかい?」「はい。あの……ドア、開けてもいいですか?」「ああ。いいよ」「失礼します」朱莉がドアを開けると、スーツ姿の琢磨がいた。「おはよう、朱莉さん。もう起きても大丈夫なのかい?」「はい。もう大丈夫です。お薬が効いたみたいですね。色々お世話になりました。それで……もう那覇空港に行くのですか?」「ああ。7時の羽田行の便に乗るんだ」「翔先輩も一緒ですか?」朱莉は躊躇いがちに尋ねた。「うん。そうだよ。空港で待ち合わせをしている」「あの……私……」「見送りは別にいいからね」朱莉が何を言おうとしたのか琢磨に意図が伝わった。「え? でも……」「朱莉さん、レンタカーはもう返却してあるんだ。俺はタクシーで空港へ向かう。だから朱莉さんとはここでお別れだ」「九条さん……」「もう部屋の支払いは済んでるし、10時まではこの部屋に居られるからそれまではここで休んでいるんだ。ホテルを出る時フロントに声をかければいいからね」琢磨は内心の気持ちを隠しながら言った。(くそ……! 本当は今すぐに一緒に東京へ連れ帰りたいのに……!)「色々お世話になりました。感謝しています」改めて頭を下げる朱莉。「いや、いいんだよ。むしろこんな所まで連れてきてしまったことが申し訳ない位なんだから」「でも……」「毎晩……」「え?」「い、いや……毎晩、沖縄での様子をメッセージで送って貰えると安心かな?」「はい、分かりました。報告ですよね? 必ず入れますね」朱莉は笑みを浮かべて頷く。「報告……」琢磨は口の中で小さく呟いた。別に報告して欲しいとの意味で言ったわけでは無い。ただ朱莉が心配で、メッセージのやり取りをしたくて提案したのだが、朱莉にとっては『報告』と取られたことがやるせなかった。(所詮、朱莉さんにとって俺は、翔の『秘書』でしかないんだろうな……)しかし、それでも構わないと琢磨は思った。自分は朱莉にとって相応しくない人間だ。だから自分が朱莉に出

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-30 東京へ向けて 2

     那覇空港――搭乗ゲートに琢磨が行くと、既に翔の姿があった。「おはよう、琢磨」翔が躊躇いがちに声をかける。「ああ、おはよう」琢磨は少し不機嫌に返事をする。「その……悪かった。朱莉さんの具合はどうだ?」「昨夜風邪薬を飲ませたからな。もう今朝は熱が下がっていたようだ。元気そうだったしな」「そうか、なら良かった」翔は頷くも、違和感を抱いた。(今の言い方は何だ? まるで朱莉さんの様子を見て来たみたいだ)そこで翔は琢磨に尋ねることにした。「琢磨。お前、宿泊した部屋は確かスイートルームで部屋があまっているって言ってたよな?」「ああ、言った」「ひょっとして朱莉さんをお前の部屋に宿泊させたのか?」「何だ? 悪いか。病人を放っておけるはず無いだろう? お前達じゃあるまいし」琢磨はモルディブの件を持ちだしてきた。「い、いや……確かにあの時は本当に悪いことをしてしまったと思っている」「お前のその台詞はもう聞き飽きたよ」ぶっきらぼうに答える琢磨。「そ、それより……本当に朱莉さんをお前の部屋に泊めたんだな」「ああそうだ。心配だったからな」「琢磨。お前……」その時、館内放送が流れた。翔と琢磨の乗る便の案内であった。「よし、それじゃ行くか。翔」琢磨は荷物を持った。「そうだな。着いたらすぐに仕事だ」2人は東京行の搭乗ゲートへ向かい、飛行機に乗り込んだ。飛び立つ飛行機の中で琢磨は朱莉のことを考えていた。(朱莉さん……どうか元気で。今度は俺から会いに行くから……)そして琢磨は瞳を閉じた—―**** 朱莉は今、ホテルのレストランで朝食をとっていた。すると昨日琢磨に声をかけてきた2人の女性が中へ入って来た。そして朱莉と偶然目が合う。2人の女性は目配せし合おうと、何故か朱莉の方へと近付いて来た。「おはようございます、昨日はどうも」セミロングのやや釣り目の女性が朱莉に挨拶をしてきた。「おはようございます」朱莉も挨拶をしたが、不思議でならなかった。(この人達……どうして私に声をかけてきたんだろう?)「今朝、彼氏さんは見かけないようですけど、どうしたんですか?」別の女性が続けて尋ねる。(彼氏さん……? 九条さんのことかな?)「彼なら今朝、東京へ戻りました。仕事があるので」「まあ。彼女を置いて1人で東京へ? それってちょっと冷

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-1 梅雨明けと回想

     朱莉と明日香が沖縄へやって来てから1カ月半が経過しようとしていた。明日香の方は大分切迫早産の危険性が収まり、後半月後には退院出来ることが決まった。そして朱莉は……。――21時過ぎ「それで、今日やっと運転免許が取れたんですよ」朱莉は嬉しそうにパソコンの電話で話をしている。その話し相手は……。『おめでとう、朱莉さん。仮免の運転練習付き合えなくて残念です』「いえ。お気持ちだけで充分です。それに京極さんには毎日電話で運転方法のアドバイスを頂いていたので、こんなに早く免許を取ることが出来たんだと思います。本当にありがとうございます」『いえいえ、朱莉さんの運転テクニックが凄かったんですよ。でも安心しました。朱莉さん最初の頃は声も元気が無さそうだったので、心配だったのですが今では画面越しから素敵な笑顔を見せてくれるようになって。あ、そうだ。今、マロンを連れて来ますね』京極が一度PC画面から姿を消し、次に現れた時はマロンを抱きかかえてやって来た。「マロン……」朱莉はマロンを見て名前を呼んだ。マロンは朱莉を見ると嬉しそうに吠えて尻尾を振っている。 京極との電話は朱莉がこのマンションに引っ越してきた当日から始まった。初めは電話のみだったのだが、朱莉の声が元気が無いの気にした京極が、PCで会話をする事を提案してきたのである。勿論、設定方法は電話で京極に教えて貰いながら朱莉が1人で設定をした。『ところで朱莉さん。今朝のニュースで知ったのですが、本日沖縄で梅雨明けしたそうですね。どうですか? 沖縄の様子は』「はい、午前中までは雨が降っていたのですが午後になって急に天気が回復して青空が見えて、気温も急上昇したんですよ。沖縄ってこんなに梅雨明けがはっきりしているのかと思い、びっくりしました」『そうなんですか……。でもそう言えば今日の朱莉さんは真夏らしい恰好をしていますよね。こちらは冷たい雨が降っていて少し肌寒い感じですね』言われてみれば京極は長袖のシャツを着ている。「早くそちらも梅雨明けすればいいですね」『ええ……そうですね。ところで朱莉さん』急に京極の声のトーンが変わった。「はい、何でしょう?」『まだ暫くは沖縄で暮す事になるのでしょうか? 明日香さんの体調はまだ回復しないのですか?』いきなりの京極の質問に朱莉は戸惑った。「え……と、それは……

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-16
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-2 梅雨明けと回想 2

    『朱莉さん、突然黙り込んでどうしましたか?』京極に声をかけられ、朱莉は我に返った。「あ……も、申し訳ありません。大丈夫ですから」『すみません。僕のせいですね。沖縄暮らしの期間について尋ねてしまったから』京極が目を伏せたので、朱莉は慌ててた。「いえ、決してそういうわけではありませんから」『あの、朱莉さん、実は……』その時、画面越しに映る京極からスマホの着信音が聞こえてきた。『すみません、朱莉さん。少し待っていただけますか?』「京極さん?」『……社の者からだ。こんな時間に電話なんて……』それを聞いた朱莉は言った。「京極さん、何か急ぎの用時かもしれません。もう電話切りますので、どうか電話に出てください」『すみません朱莉さん。ではまた明日、お休みなさい』「はい、お休みなさい」そして朱莉はPCの電話を切ると、ため息をついた。「京極さん……こんな時間までまだお仕事なんて大変だな……」朱莉は再びPC画面に目を向け、検索画面を表示した「どんな車にしようかな……」朱莉が見ているのは沖縄にある車販売の代理店のサイトである。明日朱莉は早速車を購入するつもりで、事前に車をチェックしようとしていたのだ。その時、朱莉の目に1台の車が目に止まった。それは白いミニバンの車だった。朱莉の耳に琢磨の言葉が蘇ってくる。『この車は軽自動車だし女性向きの仕様だからいいと思うよ。車を買うときは俺に声をかけてくれれば一緒に選びに行ってあげるよ』「九条さん……元気にしているのかな……?」思わずポツリと呟く朱莉。朱莉は琢磨が東京へ帰ってからは1度しかメッセージのやり取りをしていなかったのである。自分のスマホをタップして琢磨からの最後のメッセージを開いた。『朱莉さん。実はわけがあって、当分朱莉さんとは連絡を取ることが出来なくなってしまった。本当にごめん。翔に何か理不尽なことを言われたら必ず知らせてくれよなんて言っておきながらこんなことになってしまって申し訳ない。いつかまた連絡が取れるようになる日まで、どうかその時までお元気で』   このメッセージを最後に琢磨とは一切連絡が取れなくなってしまった。メッセージを送ってもエラーで戻って来てしまうし、電話を掛けても現在使われておりませんとの内容の音声が流れるばかりである。そこで慌てた朱莉は翔に連絡を入れると意外な事実を聞

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-16
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-3 明日香からの頼み 1

    「お客様、それではこちらのお車でよろしいでしょうか?」若い女性社員が朱莉の側に寄ると声をかけてきた。「はい、こちらでお願いします。とても素敵なデザインで、運転席の窓も大きくて見やすいので気に入りました」朱莉は笑顔で答える。朱莉は軽自動車を専門に販売している車の代理店に来ていた。ここは新車から、新古車……いわゆる展示用の車両でほぼ新車に近い車両を扱う店であった。いきなり初心者で新車を買って乗るのは図々しいような気がして、朱莉は敢えて新古車を選んだのだ。しかもたまたま気にいったデザインであったし、カーナビやドライブレコーダーなどは勿論の事、内装も朱莉好みにカスタマイズされていたからである。「それでは手続きを致しますので、店内へお入りください」女性社員に案内されて朱莉は中へと入って行った。それから約1時間後――朱莉は店を出た。事前に車購入時はどのような書類が必要か調べ、必要な物は全て揃えて来たので手続きをスムーズに行う事が出来た。「マンションの地下駐車場の契約も済んでるし……納車までは1週間か。フフフ……楽しみだな」朱莉は笑みを浮かべ、腕時計を見た。時刻は11時少し前を差している。(今からタクシーで明日香さんの病院へ行けばお昼前にはマンションに戻れるかな?)そして朱莉はタクシー乗り場へ向かった―― タクシーに乗る事15分。朱莉は病院へと到着した。翔と新しく契約した書類の書面通り、朱莉は週に2度明日香の元へ洗濯物の交換の為に病院へ足を運んでいた。明日香との会話は殆ど無く、挨拶をする程度だったのが……何故か今日は違った。――コンコン病室のドアをノックしながら朱莉は声をかける。「明日香さん、朱莉です。いらっしゃいますか?」すると中から返事があった。「いるわよ、どうぞ」「失礼します」朱莉は言いながらドアを開ける。「こんにちは、明日香さん。お腹の具合はどうですか?」「そうね……大分調子が良くなってきたわ。」明日香は真剣な眼差しでPC画面を見つめている。おまけに何故か顔色が悪い。(どうしたんだろう? 随分熱心に画面を見ているようだけど……?)「明日香さん、クリーニング済みの着替えを持ってきたので、入れておきますね」朱莉は明日香の衣装ケースにしまいながら声をかける。「ありがとう、朱莉さん。……いつも悪いわね」すると背後か

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-16
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-4 明日香からの頼み 2

     そこには仲睦まじげに歩く翔と見知らぬ女性が映っていた。その女性はロングヘアの美しい女性で品の良いカジュアルスーツを着こなし、翔に笑顔を向けて歩いている。それらの写真が様々な角度で何枚も撮影された姿がPC画面に映し出されていたのだ。朱莉は驚いて明日香を見ると、唇を噛み締めて青白い顔をして食い入るように画面を見つめていた。「あ、あの明日香さん……。これは……?」「2日前に突然私のPC用のアドレスにメールが届いたのよ。宛先人は不明だったんだけど……添付ファイルが付いていたわ」明日香は一言一言区切るように話をする。「いつもならそんなの迷惑メールだと思ってチェックをする事も無いんだけど、でもこのファイルの題名が『鳴海翔に関する重要事項』と題名が付いていてつい、開いて見てしまったの。そしたらこんな画像が……」最期の方は震え声だった。明日香の話はまだ続く。「このメールには文章が添えられていたのよ。見る?」「え……? 私が見ても構わないんですか?」「うん……いいわ。と言うか朱莉さんにも読んで貰いたくて……」「分かりました。それでは拝見させていただきます」朱莉は明日香宛に届いたメールを読んだ。『こちらに写っている女性は鳴海翔の新しい女性秘書である<姫宮静香>という女性です。秘書と副社長という立場でありながら、必要以上に2人の距離が近いような気がしたので写真を撮り、ファイルで送らせて頂きました。噂によると鳴海翔の前秘書である<九条琢磨>がクビにされたのは、この女性が進言したとも言われています。以上、報告させていただきます』朱莉はメールを読み終えると明日香を見た。「明日香さん……このメールの相手に何か心当たりはありますか?」「無いわ……あるはず無いじゃない! 私はずっとこの病院のベッドから動けないんだから!」「あ、明日香さん……」(そうだ……。明日香さんは絶対安静の身。それに翔先輩だって東京に行ってからまだ沖縄には来ていないのだから明日香さんに心当たりがあるはずない)「翔……。まさか……この新しい秘書のことを好きに……?」明日香の目には涙が浮かんでいる。「明日香さん……」勿論、朱莉もショックを受けている。朱莉だって翔のことが好きなのだ。だが、今は目の前にいる明日香のことが心配でたまらない。まだ安静が必要とされる状況でこんな写真をメールで送っ

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-16
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-5 東京へ 1

    「お願いよ、朱莉さん。このままじゃ私不安で……」明日香が涙ながらに朱莉に縋りついてきた。「明日香さん……」あの気の強い明日香が自分に泣いて縋っている。朱莉はそんな明日香を放っておくことは出来なかった。本当は自分で東京まで行って確認してきたいだろうに……。明日香はこれから子供の出産を控えている。妊婦の明日香を不安な気持ちにさせておくわけにはいかない。だから朱莉は頷いた。「分かりました。明日香さん。もし、今日の飛行機の便が取れたならすぐに東京へ向かいます」「本当? それじゃ私が今飛行機を調べるから悪いけど朱莉さんは自宅へ帰って東京へ発つ準備をしておいて貰える? 後は……」明日香はベッドサイドにある棚から名刺入れを取り出すと、しばらくページをめくっていたが何かを見つけたのか1枚引き抜くと朱莉に手渡してきた。「朱莉さん、東京へ着いたらここを尋ねて貰える?」「安西弘樹……興信所?」朱莉は名刺に書かれている文字を読んだ。「その人はね、私の大学時代の恩師なのよ。5年前に大学を辞めて今は興信所の所長を務めているの。私から連絡を入れておくから、朱莉さん、どうかこの人を訪ねて。翔と秘書の事を調べて。お願い」明日香が頭を下げてきたので朱莉は驚いた。「そんな顔を上げて下さい、明日香さん。確かに私1人ではどうしようも出来ないと思います。分かりました。東京に着いたらこの方を訪ねます。だから明日香さんは、お腹の赤ちゃんにさわらないように安静にしていて下さい」朱莉は明日香を元気づけるのだった。 病院を出て朱莉はタクシーを拾うと自宅へ戻った。そしてサークルにいるネイビーを抱き上げた。「ごめんね。ネイビー。私、東京へ行かなくてはならなくなったの。だからペットホテルで待っていてね?」朱莉はネイビーに頬ずりすると、以前利用させてもらったペットホテルに電話を掛けた――「すみません。それでは1週間ほど、お願いします」朱莉はペットホテルの従業員男性に丁寧に頭を下げ、スマホをチェックしてみると明日香からメッセージが届いていた。『朱莉さん、飛行機の手配をしたわ。一応余裕を持たせて18時の便のビジネスクラスを予約したわ。今迄色々酷いことをしてごめんなさい。特にモルディブの件では悪いことをしてしまったと反省してるわ。今は貴女だけが頼りなの。どうかお願いします』「! 明日香さん

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-17
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-6 東京へ 2

     ――17時半 朱莉は那覇空港のお土産屋さんに来ていた。「お母さんと京極さんに何か沖縄のお土産でも買って帰ろうかな……」沖縄名物のちんすこうを手に取った時、朱莉はハッとした。「そうだ。明日香さんが無事出産が終わるまではお母さんや京極さんの前に姿を見せる事は出来ないんだっけ。何かボロが出たらいけないし」手に取ったお土産を元の位置に戻すと朱莉は溜息をついた。折角一カ月半ぶりに東京に帰るのに、母に会うことが出来ないのは何ともやるせないものだった。そしてふと思った。(もし……九条さんがまだ翔先輩の秘書をやっていたなら、九条さんの分だけでもお土産を買って会うことが出来たのに……)そこまで考えて朱莉は首を振った。(馬鹿ね。私ったら。九条さんはもう翔先輩の秘書じゃない。ようやく九条さんは煩わしいことから手が離れたんだろうから、もう九条さんのことは忘れないと)その時、館内放送が流れて朱莉の乗る飛行機のアナウンスが入った。「行かなくちゃ」朱莉は搭乗ゲートへ向かって歩き出した―― 20時半―朱莉は羽田空港で、荷物が届くのを待ちながら先程まで自分が乗っていた飛行機のことを思い出していた。(それにしても驚いたな。まさかビジネスクラスあんなにゆったりした座席だったなんて。明日香さんに感謝しなくちゃ)やがて荷物が回ってくると、朱莉は荷物を取って女子トイレへと向かった。 次に出てきた時には朱莉の姿は妊婦のような恰好へと変わっていた。実は女子トイレに入り、お腹にタオルを入れてスカーフで巻いて来たのである。念の為に朱莉は空港で妊婦の格好をしようと決めていたのだ。タクシー乗り場でタクシーを待ちながら朱莉は思案していた。(そう言えば沖縄へ行く時は京極さんが車を出してくれて、ここまで乗せてくれたんだっけ。色々お世話になったから、一時的に東京に戻って来たことを本当は伝えたいけど……)しかし、それは今の朱莉の立場では叶わない事だった――**** 朱莉が億ションに帰って来たのは22時近くになっていた。「それにしても、今日は雨が降っていなくて本当に良かった。おかげで家の換気が出来るわ」朱莉は窓を開けると、30分程換気をして窓を閉めた。シャワーを浴びて部屋にもどってくると、スマホに3件の着信が入っている。1件目は明日香からで、無事に朱莉が東京へ戻れて安心したこと

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-17

Bab terbaru

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-39 助けを求める瞳 2

    「ああ、そうだ。1人目のアイツは鳴海翔のことだ。そして2人目のアイツは京極正人の方だ。で、どっちのアイツから言われたんだ!?」航の真剣な様子とは裏腹に奇妙な言い回しのギャップがおかしくなり、朱莉は思わず笑ってしまった。「フフフ……」「な、何だ? 朱莉。急に笑い出したりして。とうとう悩みすぎて現実逃避でもしてしまったか!?」焦りまくる航の様子が更におかしくて、朱莉は笑った。「う、ううん。フフフ……そ、そうじゃないの。航君の様子が……お、面白くて、つ、つい……」「朱莉……?」(何だ? 今俺、そんなにおかしなこと言ってしまったか? 焦って妙なことでも口走ったか?)「ご、御免ね……。航君。航君は……フフッ。し、心配してくれているのに笑ったりして……」そして暫く朱莉は笑い続けていたが、その様子を航は黙って見ていた。(いいさ、俺の言動で朱莉を楽しい気持にさせられたなたら少しは朱莉の役にたててるってことだよな?)ようやく笑いが収まった朱莉は事情を説明した。「実はね、京極さんから電話がかかってきたの」「そうか、やはり電話の相手は京極のほうからだったのか。それでアイツは何て言ってきた?」そこまで言って、航はハッとなった。「ご、ごめん。朱莉のプライベートな話だったよな。口を挟むような真似をして悪かった」普段から仕事で個人情報を取り扱う機会が多い航は、咄嗟にそのことが頭に浮かんでしまった。「何で? そんなこと無いよ。むしろ……」朱莉はその時、突然航の左腕を掴んだ。「迷惑じゃないと思ってくれるなら……口……挟んで……?」「朱莉……」朱莉のその目は……航に助けを求めていた——****「あの京極って男に下手な嘘は通用しないぞ」今、航と朱莉は2人で向かい合わせにリビングのソファに座って話しをしていた。「そう……だよね……」「京極に限らず、恐らく他の誰もが嘘だと思うだろう。第一、子供を産む状況にしてはあまりにも不自然な点が多すぎる。本当に鳴海翔は何を考えているんだ? いや……恐らく、あの男は何も考えていないんだろうな。面倒なことは全て朱莉に丸投げしてるんだから。少しでも誠意のある男なら、色々な手を使って不測の事態が起こっても大丈夫なように根回しをするだろう。それなのに……」航は悔しくて膝の上で拳を握りしめている。「航君……」今迄朱莉はそん

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-38 助けを求める瞳 1

     その日の21時― 食事を終えて航がお風呂に入っている間、朱莉は後片付けをしていた。食器を洗っている時に、朱莉の個人用スマホに電話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。(ひょっとして京極さん?)水道の水を止め、慌ててスマホを確認するとやはり相手は京極からだった。朱莉はバスルームをチラリと見たが、航が上がって来る気配は無い。緊張する面持ちで朱莉は電話に出た。「はい、もしもし……」緊張の為、朱莉の声が震えてしまう。『朱莉さんですね…』受話器越しから京極の声が聞こえる。「はい、そうです」『良かった……嫌がられてもう電話に出てくれないのでは無いかと思っていたので』京極から安堵のため息が漏れた。「いえ、そんなことは……それに明日会う約束をしていますから」『本当に僕と会ってくれるのですか?』「え?」(だって、京極さんから言い出したんですよね……? 一度約束したことを断るなんて……)「で、でも今日明日会う約束をしましたよね? だから断るなんてしません」朱莉は躊躇いながら返事をした。『人は……簡単に約束なんか破るものですよ』京極は何処か冷淡な、冷めた口調で言う。「え?」『あ、いえ……。朱莉さんに限って、そんなことはするような人じゃないのは分かっています。ただ……』京極はそこで一度言葉を切る。『彼は今、そこにいるのですか?』「彼? 航君のことですか? 今お風呂に入っていますよ」朱莉はバスルームに視線を移すと返事をした。『そうですか。それで明日なんですが、少し時間が早いかもしれませんが9時に会えませんか? 朱莉さんの住むマンションのエントランスで待ち合わせをしましょう』「9時ですね。分かりました」『ありがとうございます、朱莉さん。僕の願いを聞き入れてくれて』「ね、願いだなんて大袈裟ですよ」京極の大袈裟ともいえる発言に朱莉は思わず狼狽してしまった。『それではまた明日。おやすみなさい』「はい、おやすみなさい」それだけ言うと電話は切れた。「……」朱莉はスマホを握りしめたまま考えていた。(どうしよう……もう、私が妊娠していないってことは京極さんにバレてしまった。翔先輩には何とかうまい言い訳をして欲しいって言われたのに……)いっそ、もう子供は出産したと言ってしまおうか? 早産になってしまったので今生まれた赤ちゃんは病院の保育器

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-37 水族館で 2

    (え……? あ、朱莉……。それは……一体どういう意味なんだ!?)航は次の朱莉の台詞に期待しながら尋ねた。「あ、朱莉。何故俺だと楽しく感じるんだ?」「うん。それはね……航君だと気を遣わなくて済むって言うか、一緒にいて楽な人……だからかなあ?」「あ、朱莉……」(え……? こ、こういう場合俺はどう解釈するべきなんだ? 喜ぶべきなのか? それともがっくりするべきなのか? わ、分からねえ……やっぱり朱莉の気持ちが俺には分からねえ……)朱莉の発言に航は頭を抱えてしまうのだった—―****「残念だったな。あの水族館で食事出来なくて……」駐車場に向って歩きながら航が残念そうに言う。「うん。でも仕方が無いよ。だってあんなに大きな水槽を観ながら食事が出来るお店だよ? 誰だって行ってみたいと思うもの。でも、私は大丈夫。だってもう十分過ぎる位水族館を楽しんだから」朱莉は笑顔で答える。「また……きっといつか来れるさ」「そうだね。私は多分このまま明日香さんが赤ちゃんを産んで帰国する直前までは沖縄にいることになりそうだから」「朱莉…」朱莉の言葉に航は胸が詰まりそうになった。(そうだ……。俺は2週間後には東京へ帰らなくてはならない。いや、それどころか、大方依頼主の提示して来た証拠はもう殆ど手に入れたんだ。だからその気になれば明日東京に帰っても何の問題も無い……)だが、航は当初の予定通り3週間は沖縄に滞在しようと考えていた。それは朱莉を1人沖縄に置いておくのが心配だからだ。(いや、違うな。本当は俺が朱莉から離れたくないだけなんだ。朱莉にとって、俺は弟のような存在でしか無いのかもしれない。でも……それでもいいからギリギリまでは朱莉の側に……) 例え4カ月後に朱莉が東京に戻って来れたとしても、その時の朱莉は鳴海翔と明日香の間に出来た子供を育てていくことになるのだ。そうなると、もう航は子育てに追われる朱莉と会うことが叶わなくなるだろう。だから、それまでの間は出来るだけ東京行を引き延ばして、沖縄で朱莉との思い出を沢山作りたいと航は願っていた。「……」航は隣を歩く朱莉をチラリと見た。朱莉は周りの美しい風景を眺めながら歩いている。そんな朱莉を見ながら航は声をかけた。「よし、朱莉。それじゃちょっと遅くなったけど、何処かで飯食って行こう!」「うん、そうだね。何処で食

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-36 水族館で 1

     高速道路を使って2時間程車を走らせ、朱莉と航は美ら海水族館のある海洋博公園へと到着した。「朱莉、ほら行くぞ」駐車場を出ると航は後ろを歩く朱莉に振り向いて声をかけた。「うん」朱莉は人混みの間を縫うようにして航の隣にやって来た。「それにしてもすごい人混みだね。平日なのに」「ああ、そうだな。この間は水族館の中には入らなかったけど、まさかこんなに人が来ているとは思わなかった。もうすぐ夏休みだって言うのにこの人混みじゃ夏休みになったらもっと混むかもな」「うん。駐車場も結構混んでいたものね」「よし、それじゃ行くぞ。朱莉、はぐれないようにな」言いながら航は思った。(朱莉が彼女だったら、はぐれないように手を繋いで歩くことも出来るんだけどな……。しかし朱莉は書類上人妻だ。そんな真似出来るわけないか)等と考え事をしていたら、再び朱莉を見失ってしまった。「朱莉? 何所だ?」航はキョロキョロ辺りを見渡すと、航のスマホに着信が入ってきた。着信相手は朱莉からであった。「もしもし、朱莉? 今何所にいるんだ!?」『今ね1Fのエスカレーターの前にいるの』「エスカレーター前だな? よし、分かった! すぐ行くから朱莉、絶対にそこを動くなよ!」航は電話を切ると、急いで朱莉の元へと向かった。「朱莉!」「あ、航君」朱莉がほっとした表情を顔に浮かべた。「すまなかった、朱莉。まさか本当にはぐれてしまうとは思わなかった」「うううん、いいの。こんなに混んでいれば仕方ないよ。私、それにあんまり出歩かないから人混みに慣れていなくて」「だったら……」航はそこまで言いかけて、言葉を切った。(駄目だ……手を繋ごうか……なんてとても朱莉に言える訳ない)「どうしたの航君?」朱莉は不思議そうな顔で航を見た。「い、いや。それじゃ、なるべく壁側を歩くか」「うん、そうだね」そして2人は壁側を歩き、順番に展示コーナーを見て回ることにした。「うわあああ~すごーい」朱莉が目を見開いて、声を上げた。「ああ、本当にすごいな。水族館は何回か行ったことがあるけど、こんな巨大水槽を見るのは初めてだ」航も感心して見上げる。朱莉と航は今、巨大水槽『アクアルーム』で巨大ジンベイザメや巨大なマンタなどが泳ぐ姿を眺めている。それはまさに目を見張るような光景で、朱莉はすっかり見惚れていた。そん

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-35 車内での口論とその後の展開 2

    「朱莉さん……」京極が顔を歪めた。「朱莉……」航は朱莉の悲しそうな顔を見て激しく後悔してしまった。(くそ! あいつに煽られてつい、言い過ぎてしまった)「ごめん、悪かったよ朱莉。俺のことは気にするな。2人で出掛けるといい。俺は邪魔するつもりはないからさ」航は無理に笑顔を作った。(そうさ。所詮俺がいくら朱莉のことを思っても朱莉にとっての俺は所詮弟なんだから。だったら京極の方が朱莉にお似合いだろう。あいつは地位も名誉もある。俺とは違う大人なんだから)「航君……。私は航君と出かけたい……よ? だって航君と一緒にいると楽しいし」朱莉が声を振り絞るように言う。「朱莉……」すると後ろで何を思って聞いていたのか、京極が声をかけてきた。「安西君。悪いですが、そこのコンビニの前で止まってくれませんか?」「何か買い物でもあるんですか?」「……」しかし京極は答えない。(チッ……! 無視かよっ!)「はい、着きましたよ」航はコンビニの駐車場に停めると京極に声をかけた。「ああ、ありがとう。それじゃ、俺はここで降ります。あなた達だけで行って下さい」京極の口から思いがけない言葉が飛び出してきた。「え?」航は驚いて京極を振り返った。「京極さん?」朱莉も驚いている。「すみませんでした。安西君。朱莉さん。無理矢理ついて来てしまって。朱莉さんの気持ちも考えず、本当にすみません」京極は頭を下げると、車を降りた。「京極さん! あ、あの……私……」朱莉が声を掛けると、京極は寂し気に笑みを浮かべる。「朱莉さん……明日は……いえ、お願いです。明日は僕に時間を頂けませんか?」「あ……」(どうしよう……航君……)朱莉は助けを求めるように航を見た。すると航は肩をすくめる。「いいんじゃないか? 朱莉。京極さんと会えば。俺は明日仕事があるからさ」(え? でも、もう殆ど仕事は終わったって言ってたじゃない?)しかし、朱莉は気が付いた。それは航の気遣いから出た言葉だと言うことに。「分かりました。明日大丈夫です」「そうですか、ありがとうございます。それでは何所へ行くかは知りませんが、楽しんできてください」京極は笑顔で言うと車から頭を下げてコンビニへ向かって歩いて行った。その後ろ姿を見届けると航は言った。「朱莉、行こうか?」「うん……行こう」そして航は

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-35 車内での口論とその後の展開 1

     車内はしんと静まり返り、一種異様な雰囲気を醸し出していた。誰もが無言で座り、口を開く者は1人もいない。(くそっ! こんな空気になったのも……全ては何もかもあの京極のせいだ……)航はイライラしながらバックミラーで京極の様子を確認すると、彼は何を考えているのか頬杖を突いて、黙って窓の外を見ている。(本当に得体の知れない男だ。こんなことになるなら、あいつのことももっと調べておくべきだったな)その時ふと隣から視線を感じ、チラリと助手席を見ると朱莉が心配そうな顔で航を見つめていた。その瞳は不安げに揺れていた。(朱莉……そんな心配そうな目で見るな。安心しろ、俺が何とかしてやるから)心の中で航は朱莉に語りかけると言った。「朱莉、車内に何かCDでも積んであるか? もしあるなら車内で聞こうぜ」「え、えっとね……。それじゃ映画のテーマソング集のCDがあるんだけど……それでもいい?」「ああ、勿論だ。何てったって、この車は朱莉の車だからな」航は笑顔で言いながら、チラリとバックミラーで京極の顔を見ると、不機嫌そうな顔で腕組みをして前を向いていた。「これ……なんだけど。かけてもいい?」「ああ、いいぞ。それじゃ入れてくれるか?」航の言葉に朱莉は頷くと、CDを入れた。すると美しい女性の英語の歌声が流れてくる。「ふ~ん……初めて聴くけどいい歌だな。これも映画の歌なのか?」するとそれまで黙っていた京極が口を開いた。「朱莉さん、この映画は『オンリーワン』というハリウッドの恋愛映画ですね。この映画、朱莉さんも観たんですか?」「え、ええ……あの、テレビで夜中に放送した時に録画して観たんです」朱莉は躊躇いがちに答えた。すると京極は続ける。「前回は一緒に映画の試写会へ行くことが出来なくて残念でした。でも朱莉さん、また試写会のチケットは貰えるので、今度手に入ったらその時こそ御一緒して下さいね」「は、はあ……」朱莉は曖昧に返事をした。京極はにこやかに話しかけてくるが、朱莉は内心ハラハラして仕方が無かった。何故、京極は前回朱莉が行くことが出来なかった試写会の話を今、しかもよりにもよって何故航の前でするのだろうか?朱莉は恐る恐る航を見ると、航は何を考えているのか無言でハンドルを握りしめ、前を向いて運転している。(航君……)朱莉にとってはまさに針のむしろ状態だ。しかし

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-34 京極のもう一つの顔 2

    「は、はい……すみません……」項垂れる朱莉に航は声をかけた。「朱莉、別に謝る必要は無いぜ」「! また君は……っ!」京極は敵意の込めた目で航を見た。「ところで京極さん。そろそろいいですか? 俺と朱莉はこれから2人で出掛けるんですよ。話ならメールでお願いしますよ。それじゃ、行こう。朱莉」航が朱莉を手招きしたので、朱莉は京極の方を振り向くと頭を下げた。「すみません。京極さん……。何故沖縄にいらっしゃるのかは分かりませんが、また後程お願いします」そして朱莉は航の方へ歩いて行こうとしたとき、京極に右腕を掴まれた。「!」朱莉は驚いて京極を見た。「朱莉さん……待って下さい」「朱莉!」航は朱莉の名を呼ぶと京極を睨んだ。「……朱莉を離せ」「……」それでも京極は朱莉の右腕を掴んだまま離さない。「あ、あの……京極さん。離していただけますか?」「嫌です」京極は即答した。「え?」朱莉は耳を疑った。「僕も一緒に行きます。いえ、行かせて下さい」「な、何を……っ!」航は京極を睨み付けた。「朱莉さん、お願いです……。僕もついて行く許可を下さい……」その声は……どこか苦し気だった。「あ、あの……私は……」朱莉にはどうしたら良いのか判断が出来ず、助けを求めるように航を見つめた。(朱莉は今すごく困ってる。俺に助けを求めているんだ……! きっと朱莉の性格では京極を断り切れないに決まってる。だったら俺が決めないと……)「……分かりましたよ。そんなについてきたいなら好きにしてください」航は溜息をついた。「……何故、君が判断をするんですか?」京極はどことなくイラついた様子で航に言う。するとすかさず朱莉が答えた。「わ、私は……航君の意見を優先します」「朱莉さん……」京極は未だに朱莉の右腕を掴んだまま、何所か悲しそうな目で朱莉を見つめた。「……もういいでしょう? 貴方は俺達と一緒に出掛けることになったんだから朱莉の手を離してくれませんか?」航は静かだが、怒りを込めた目で京極を見た。「分かりました、離しますよ」そして朱莉から手を離すと京極は謝罪してきた。「すみません。朱莉さん。手荒な真似をしてしまったようで」「いえ……別に痛くはありませんでしたから」朱莉は俯きながら答えた。そんな様子の朱莉を見て、航は声をかけた。「朱莉、助手席に乗

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-34 京極のもう一つの顔 1

    「君は一体誰だい? しかも彼女のことを『朱莉』って呼び捨てにしたね? どう見ても君は朱莉さんよりも年下に見えるけど?」京極はどこか挑戦的な目で航を見ている。「あ、あの……京極さん。彼は……」朱莉が慌てて口を挟もうとしたところを航が止めた。「いいよ、朱莉。俺から説明するから」すると再び京極の眉が上がった。(ふん。俺が朱莉って呼び捨てにするのが余程気にくわないらしいな)航は心の中で思いながら京極を見た。「俺は、安西航って言います。貴方のお名前も教えてくださいよ」航は口角を上げながら京極に尋ねた。(え……? 航君……京極さんの名前、知ってるんじゃなかったの……?)朱莉は心配そうな目で航を見ると、2人の目と目が合った。航は朱莉と目が合うと心の中で語り掛けた。(大丈夫だ、朱莉。俺に任せておけ)そして改めて京極を見た。「僕は京極正人と言います。東京では朱莉さんと親しくお付き合いさせていただいていました」京極は朱莉を見るとニコリとほほ笑んだ。「……」朱莉は困ってしまい、俯く。(京極さん……あの写真……姫宮さんと一緒に写った写真さえ見なければ貴方を不審に思うことは無かったのに……」朱莉のその様子に気づいたのか、京極が声をかけてきた。「朱莉さん? どうかしましたか?」「い、いえ。何でもありません」朱莉はとっさに返事をし、不安げに航に視線を移す。(朱莉……そんな心配そうな顔するな)そんな朱莉を見た京極は敵意を込めた目で航を睨んでいる。「君の名前は分かりましたけど何故、彼女を呼び捨てにするんです? それに何故朱莉さんと一緒にいるんですか?」「俺は今朱莉と一緒に住んでるからですよ」「何!?」京極が険しい顔で航を見る。「航君……!」しかし、航は涼しい顔で答えた。「俺は朱莉のいとこで、東京の興信所で働いているんです。今回は調査のために沖縄へやって来たので、朱莉の家に仕事が終了する期間まで居候させて貰ってるんですよ」それを聞いた京極は朱莉を見ると尋ねた。「今の話は……本当ですか?」「え……あ、あの……」朱莉が口ごもると航が言った。「本当は沖縄で安い宿泊所に泊まろうかと思っていたんですよ。いとこって言っても男と女ですからね。だけど、宿泊所が何所もいっぱいで親切な朱莉が居候させてくれたんです。そうだろう、朱莉?」(航君……。

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-33 前兆 2

     朱莉と航は向かい合わせで食事をしていた。航はキーマカレーが余程気に入ったのか、既に2杯目を食べている。「朱莉。明日だけど何時にここを出ようか?」「私は別に何時でも構わないよ。でも、出来ればゆっくり水族館の中を見たいな。あ、あのね……航君笑わないで聞いてくれる?」朱莉は恥ずかしそうに俯くた。「何だ? 遠慮せずに言えよ。別に笑ったりしないから」「本当? それじゃ言うけど……実は私この年になっても、まだ一度も水族館て行った事が無いんだ」「え? そうなのか? それじゃ俺と明日行くのが初めてなのか?」それを聞いた航は自分が情けないほど、口元が緩んでしまった。「あ……やっぱり笑ってる?」朱莉が上目遣いで航を見た。「い、いや。違うって。そうじゃないんだ。ただ……朱莉の初めての相手が俺だってことが嬉しくて……」航は言いかけて、途中でとんでもない発言をしてしまったことに気が付いた。(し、しまった……! マ、マズイ。今の言い方、捕らえようによっては……俺、恐ろしいことを口走ってしまったぞ!)恐る恐る朱莉を見る。けれど朱莉は何を考えているのか、美味しそうにキーマカレーを食べ続けている。(よ、良かった……朱莉が極端に鈍い女のお陰で助かった……)航は心の中で安堵し、明日のスケジュールを頭の中で考えた。美ら海水族館の開始時間は8:30からである。(開始時間に合わせていくと6時には出た方がいいかもしれないけど、それだと早すぎだからな……)「よし、朱莉。明日は9時に出よう。ちょっと出るには遅い時間かもしれないが、別に明日は水族館だけ行けばいい話だからな。他の場所はまた翌日に行こう」「うん」航の言葉に朱莉は笑みを浮かべて頷いた——****  そして、日付が変わって翌日の朝――夜の内に洗濯を済ませておいた朱莉はベランダに洗濯物を干していると、航が部屋から出てきた。「おはよう、航君。サンドイッチを作ったから一緒に食べよう」「ええ!? 忙しくなかったか? 朝っぱらからサンドイッチを作るなんて」「そんなこと無いよ。意外と簡単なんだから。さ、食べよ」朱莉が用意したサンドイッチは卵サンドに、ハムレタスサンド、そしてツナサンドだった。そしてそれを野菜ジュースと一緒に食べる。「うん、朱莉は本当に料理が上手だよな」航はサンドイッチを口にしながら朱莉を見つ

Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status